2017年1月  『 自分の生き方 』
 「空海 弱冠より知命に及ぶまで山藪を宅とし、禅黙を心とす。
人事を経ず、煩砕に耐えず。」
 この文章は弘法大師空海の著『性霊集』にある言葉です。
  「私空海は、若い時から(数え年で)50歳になるまで、山野に住み、修行のみを心掛けて生きてきました。
世俗のことに疎く、関わるのが煩わしくてとても耐えることができません。」
といった意味になります。
 時の天皇は空海に「少僧都(しょうそうず)」という僧侶の高い位を授けようとされましたが、空海は辞退する手紙を書きました。辞退の理由としたのが上の文章です。
  さらに空海は「天皇は人の能力を見極めてその人を適した職につかせるのだから、こんな自分が少僧都の官位につくのはおかしいです。
仏法のみ行なって国へ報恩し、悟りを求めて死を迎えるのが私の目的です。
真言を唱えて天皇へ徳を供えたいです。」とも書かれています。
  人間の欲望は、権力や地位、お金、名誉などを求めさせます。天皇から位を賜ることはたいへん名誉なことなのですが、空海の心にはそのような世間的な名誉を求める欲望はありませんでした。

  毎日を生きていますと、嬉しいことや嫌なこと、悲しいことなど様々な出来事がありますが、そんな時に「自分の生き方」を持っていれば心強く生きることができます。
そのためには自分にとって何が真の目的なのか、最優先させるものを明確にすることが必要です。
家族を大事にする、素晴らしい商品を販売して人々の生活を便利にさせる、家族の笑顔のために美味しい食事を作るなど、人はそれぞれの立場で、自分にできること、人生の目標があります。
  年齢を重ねるごとに、時の経つのが早く感じられるような気がします。
一週間、一月、一年と時間は過ぎていき、「気付いたときにはもうこんな歳になっていた」と感じられる方もいらっしゃることでしょう。
  宇宙レベルでみると、人の一生は儚い一瞬の出来事です。 短い人生ですから、なるべく時間を無駄にしないようにしましょう。欲望にとらわれすぎて、人生を誤ることのないようにしましょう。
後悔するのは無駄なことです。自分のできることをきちんとやって、日々を充実させましょう。
  空海のように「自分の生き方」を見つけて、死ぬ時に自らの人生を後悔しないように努めましょう。


合掌 善正寺副住職 橋本悠照
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